KYLYN (LIVE)

JAZZその他音楽

1979年6月15-17日。六本木ピットイン。伝説のバンドの伝説のツアーの真っ只中に、このアルバムは録音されました。更に言うと六本木ピットインも伝説かもしれません。何が伝説か?「時代が凝縮」されている、ということかもしれません。

1979年4月。私は溢れまくりの期待と一抹の不安を胸一杯に抱え、大学の門を叩きました。大阪は上本町八丁目。(残念ながら移転してしかも一度も訪れる機会はありません・・)その当時の世相を言うと、誰もがインベーダーゲームとテクノポップを挙げます。私的にはそれに加えてFUSIONが入ります。少し時間が経過し、学生生活に慣れ始めた頃。伝説のバンドの伝説のツアー。大阪の下宿で、新しくできた友達とSWING JOURNALを読みながら、「行きたいなあ!」とただ指をくわえていました。しかたがない。レコードを聴くしかありません。下宿で友達とわくわくしながら、おもちゃのようなステレオセットのターンテーブルを回し、青と赤のショッキングなジャケットからレコードを取り出し、幾分震える手で間違わないように針を下ろす。東京というところは、こんな音楽が毎晩かかっている、超スリリングな街なんだ、と勝手な妄想を友達と沸き上がれさせていたものです。(私個人はまた別にニューヨークに同じような妄想を抱えていたようです)そしてライブ盤は類似のデザインで、ステージ上に楽器を配置。何倍にパワーアップされたように感じました。新しい音楽を作り出すんだ、と集まった若手のミュージシャンの集結、そして爆発。短期間での「伝説」と終わったのもやむを得なかったものかもしれません。

就職でようやく東京に拠点を移し、いよいよスリリングな街にご対面です。毎晩ライブ三昧?とんでもありません。終電に近い時間帯に会社の寮に帰り、ヘタをすると週末すら同じルートで地下鉄に乗るような生活が待っていました。しかし、時折は力を振り絞るかのように六本木ピットインに行きたかった。とにかくストレスを解消させる必要があったのです。そして、その解消に一番援助をいただいたのが、渡辺香津美さんでした。私にとっての唯一無二の圧倒的なパワー。乗ってきてからの、「もう止められない」感での盛り上がりは、ただただ時間や場所、つまらないストレスをすべて飛ばし、必ず新たな再生感をいただいたものです。

しかし、この種の感覚は人それぞれのものですね。当時大切なひとを、満を持しての段取りで六本木ピットインにお連れしました。もちろん類似の解放感を共にしたかったのです。返ってきたのは、「あんたはストレス解消できたかもしれへんけど、ウチに移ってきたようなもんや!」ちゃんちゃん!

コメント

タイトルとURLをコピーしました