定年空港 乗換え! ー3か月経過-

「その日」は誰にも訪れるものです。突然現れるものではないので心の準備はしているものです。しかし決して十分な準備などできない。いくら年齢を重ねても予期できないことって人間にはあるものですね。「還暦」「定年」。私にはそうでした。

還暦はともかく、定年は人生の重大事項です。ほんと、数年前から心の準備はしてきました。会社からもご親切にセミナーを開いてもらったり。まあ今の政治の世界です。「自分の身は自分で守っていってください!(現実は厳しい)」。さすがに豪華客船でクルーズ三昧のつもりはどこにもありませんでしたが、漠然とした夢物語を打ち砕くには十分なセミナーであったことだけ覚えています。幸い体は頑強なほうです。「体を動かし働ける限りは働きたい」その気持ちは強く持ち続けられています。

さてさてそんなところへの予期せぬ噴出は;

① 僅かなりとも築いた自分の世界は「引き継ぐ」ことはできるのか?捨て去る??

② 乗換え先に乗り換える意味は?

①がまず大変です。「前職をいつまでも引きずる」こんなことは絶対にしたくない。実は数年前にある環境を離れるときに「足跡をすべて消そう」と頑なに考えました。知り合いに話したときに「あほちゃう?」みたいに取り合ってもらえなくても。しかしそんな思いは虚しく完全に失敗でした。ある日急に、なんて絶対に無理ですよ。

しかしそれでも、それ以降思いは一緒です。ただ捨て去るのは忍びない。できれば思いの繋がる人に引き継がれ、そこでゆっくりとフェイドアウトしていく。これが理想じゃあないですか。残念ながら未だにその解決に至っていません。

(言うまでもなくジャズ喫茶の多くが同じ問題を抱えていらっしゃいます。何とかいい形で解決されていかれることを、微力は遠くからひそやかに願っているのです・・)

②人間ある年齢に至ると、何かを考えるときにどうしても「振り返る」ものですよね(MILES DAVISはそうそういません)。まあいろんなことが頭をよぎるのですが、一番純粋なものは、やっぱり思春期のものです。怖いものなくただ前を向くことができた時期。特に子供が生まれ肩に重さを感じるようになると、怖いことばかりでした。その怖さを振り払うためにただひたすら自転車を漕いだ毎日。それはそれで懐かしいのですが、やっぱり「純粋さ」には敵いません。その純粋さを代表するのが、私にはジャズでした。ただ美しい。ただ力強い。時にはもの悲しい。時にはせつない。人生のすべてに思えました。

そんな純粋な時期は、30代以降でしょうか、それなりの間店じまいされました。それはしかたない。しかし、もちろん奥で長い睡眠であっただけで、今、しっかりと目覚めています。人間は「戻る」ことは可能だと私は思います。活動を始めました。これが自分にとっての「乗り換え」だ、とつぶやきながら。

乗換え=再生

いつまでも活力を保って人生を楽しんでいきたいと思います。どうぞよろしくお願い申し上げます♪♪

ありがとうございました。

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